退職しました

はじめに

男もすなる退職エントリーといふものを、女もしてみむとてするなり。 と紀貫之が言ったかどうかは知りませんが、令和2年3月19日付で新卒以来18年勤めた会社を退職します。

記念パピコ世代としては、記念にこれを残しておくものです。

なぜこの期に及んで転職なのか

いま、ちょうど40歳です。 何ごともなく60、70まで生きるだろうと根拠もなく思っていたところ、およそ半年前ぐらいに同期入社の方が急逝されました。
40過ぎの男が急逝する。これが自身のライフプランを見直す大きなきっかけになりました。

安定した職場、安定した同僚、安定した仕事、安全(セーフティ)という名の愉悦はあるけれども、 それを何年も続けた結果、50前後になったときに、世の中の他の人と戦っていけるのかどうか、 また、そのときも楽しみをもって仕事をやれているだろうか、そこに対する疑問が出てきました。

今の会社に専属というか隷属することでしか生き永らえない、生殺与奪の権を会社が持つのは困ったことです。

オプーナを買う権利をやろう」という話が一昔前にありましたが、コールオプションを持つことはリスクヘッジになります。

この場合で言えば、いつでも会社を乗り換えられるように自分をしておくこと、いざとなれば会社に見切りをつけられるという選択肢を持つこと、それが良いと考えました。

定年がどんどん延長され、年金支給開始年齢もあがっていくことが予想される中、まだまだあと30年ぐらいは働かんとあかんわけです。

とするならば、今からでも遅くない、むしろここから第2章、半荘でいえば南場、起承転結でいえばまだまだ承ぐらい、心機一転ねじを締めなおしてみようと。

史記の李斯列伝には、ネズミのくだりがあり、結局人はその居るところ、環境がすべてだ、というような部分がありました。 確かに 環境は大事です。また、筋トレも同じ種目ばかりやっていると刺激が入らなくなってくると聞きました。
より刺激的な環境を求めて、周りを変えるのではなく自ら変化することを選択しました。

フツーのおじさん転職活動はつらいのか

ぬるま湯にどっぷり浸かり、イイ感じに出来上がっている私に対して、転職の際の面接官の目は厳しかったです。

内国法人であれば、年齢というのはやはり重要な数字であるようで、入社後のキャリアパスが用意できそうにない、という理由で断られたところもありました。

あるいは、管理職経験のない人は・・・という理由で断られたところもあります。
本当か嘘かは分かりません。

それでも、捨てる神あれば拾う神あり、というところで、とんとん拍子で面接が進み、ありがたく次の職場を決めることができました。
まじめに王道を進んでみようかと思います。

次は何するのか

いわゆるSIerみたいなアプリケーション、システム開発のテクノロジー系の部門に配属になるようです。
職場は案件ごとによって違うらしいので、東京近郊のどこからしいです。

おわりに

会社支給のPCを今日で返却してしまうので、Elastic Stackの勉強はしばらくお休みになります。 4月1日から新しい会社のはずですが、コロナのおかげでオリエンテーションも中途社員向けのトレーニングも全部オンラインでされるそうです。大変ですね。